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Re: 玉響に東天紅

140字で書くつもりじゃないものを140字で書いちゃったやつをまとめ直すとこ

"リアル"の意味がなくなる日は

ロボットは心を持つか、というのは
コミュニケーション系の小論の頻出論題だそうなんだけど
(そして今まで社会科学系の対策ばっかやってきた僕が苦労しそう*1なところ)
人間はロボットになりうるか、ということを
昨日AO二次の振込しに自転車漕ぎながら考えてた。


CDが普及してもライブはなくならない。DVDが普及しても舞台はなくならない。
それはそこに"居る"意味があるからだ、と僕は思う。
DVDは視覚と聴覚のみで体験する。それに対し舞台やライブで一番重要なのは触覚だ。
ベースの音が、役者の声が、空気を震わせることで肌が痺れるようなあの感覚。
あれがあるからこそ、そこに"居る"意味があるからだといえる。


しかしもし、人体の五感を全て完全に再現する機械が現れたとしたら、
その時"リアル"はどのくらい意味を持つのだろうか、とふと考えてしまった。
人体の感覚なんかは全て信号だから、
それを疑似体験できる装置はいずれ出てくるんじゃないかと思う。*2
イメージ的に言えばコクーン(@ベイカー街の亡霊)みたいな感じね。
もしそれが発明されて一般の層まで普及して、自宅に居ながら舞台に行けるとなったら
シアターやライブハウスというものはどのくらい残るのだろうか………。
もちろん、録ったものを疑似体験空間で流すだけだから、好きな席・場所を選べる。
夜中でも観れるし、地方の人でも距離など関係ないから好きな公演が観れる。
そんな日が来た時、"リアル"であることはどれほど意味を持つのだろうか。


まぁ今まで法学系対策の勉強ばっかしてて
こういう方面の本とか全然読んでないんだけどさ。
考えに考えてたら結局"自分はどこにいるのか"とかいう
なんというか哲学チックな話になったしw
もし完全な人体のコピーが技術的に可能になったら、
その時何が自分を自分たらしめるのか、って。
空想科学少年的な世界はそれこそ空想だと思う…けど、
あながち戯言でもないのかもしれない。

*1:まぁそもそもが社会科学より人文に向いてる思考回路なんでそんなに心配はしてないです。法学部目指してた時も「この内容ならお前は心理行け」って言われたくらいだし。笑

*2:まぁ文系だから詳しくは知らないし現実味があるかはわからんけど、仮定の話として。